「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」とニーチェが言ったかどうかは知りませんが
ポジティブに注目すればするほどネガティブがすぐそばに迫っているのだ、と私は言いたいんです。
どういうことかというと
- 「ポジティブが良い」と考える
- その裏では「ネガティブはだめ」という風に考えている
- 自分よりネガティブな人を見ると「安心する」。自分の方が良いと思えるから。
- 「ポジティブは正しい」という認識を強める
- 「ネガティブはだめ」という認識も強まっている。。
ということで、なにか一つを正しい!と決定してしまうと、
「正しくない」と決めたものとの比較によって「正しい」を証明することでしかアイデンティティを保証できなくなってしまうのではないかということ。
ポジティブバンザイな人が、自分よりも超ポジティブな人たちの集団に放り込まれたりしようもんなら
「ポジティブではない自分」を発見してしまってアイデンティティが崩壊してしまうのではないか、と危惧しますよ。
そんな状態に陥ったときに、
・がむしゃらにポジティブ道を極めようとするもよし
・自分よりもネガティブな人を見つけて安堵するもよし
ではありますが(何を選択するかは自由なので)、
個人的にはポジティブもネガティブも両方含んでるよね、状況に応じてそのバランスは変化しているよね。
くらいの感覚の方が楽ちんだなーと考えています。
ポジティブを意識すればするほど、ネガティブも意識されてしまうという表裏一体な部分があるよね、と。
あ、ポジティブ心理学の書籍に書いてある、ポジティブ3:ネガティブ1くらいにするとバランス良いよ、というくだりには個人的に共感しています。
ただ、このバランスがくずれたところで変に自身を卑下する必要もないよね、と。
ただバランスがくずれただけだよね、と。
で、余裕があればバランスが崩れた原因はなにか?と探っていって、
自分が一番心地よい・ご機嫌でいられるバランスに状態遷移させる条件を整えていければいいのではないかしら。